高島ちさ子とダウン症の姉の物語

ダウン症の姉・未知子(みちこ)を支えてきたバイオリニスト高島ちさ子(高嶋知佐子)の物語である。

高島ちさ子が生まれる6年前のこと。姉・未知子は生後1ヶ月検診のとき、医師に「ダウン症で20歳まで生きられない」と診断された。

ダウン症とは、46本ある染色体が染色体異常により1本多い47本で生まれてくる病気で、当時はダウン症の人は短命だとされていた。

母親の薫子(かおるこ)は、医師から「ダウン症の子は生きた人形のようなものだと思ってください」と言われた。現実を受け入れることができない母親・薫子は、毎日のように泣いていた。

やがて、自分が死んでもダウン症の未知子の面倒を見てくれる兄妹が必要だと思い、子供を産むことを決意。そして、長男の太郎と次女の高島ちさ子の2人がこの世に生を受けた。

高島ちさ子の本名は「高島知佐子」と書き、「佐」の時には「助ける」という意味がある。高島ちさ子は産まれながらにして、ダウン症の姉・未知子を助ける運命を背負っていたのだった。

母・薫子は高島ちさ子に「みっちゃん(姉の未知子)を大事にしないとバチがあがるわよ。みっちゃんが居なければ貴方はこの世にいないのよ」と口癖の言っていた。

ある日、ダウン症の姉・未知子が学校でイジメられて帰ってきた。すると、高島ちさ子は直ぐに仕返しに行った。高島ちさ子は姉・未知子がいじめられる度に仕返しに行き、姉を守るために段々と強くなっていた。

高島ちさ子は姉・未知子がいじめられた時に初めて、姉が障害者なのだと自覚したという。

高島ちさ子は小学校へ入ると、クラスの男子全員を喧嘩で泣かせた。クラスメイトは下校時に高島ちさ子のカバンを持つようになり、高島ちさ子はガキ大将へと成長していった。

学校のお祈りの時間には、クラス全員の生徒が「明日はちぃちゃんに意地悪されませんように」とお祈りするようになっていた。中学に入る頃には、高島ちさ子は「悪魔」と呼ばれるようになっていた。

また、小学生の頃、高島ちさ子は喧嘩のやり過ぎでで声が枯れ、医者から大声を出すことを止められていたが、高島ちさ子は医者の言いつけを守らずに喧嘩をして大声を出したため、現在のしゃがれ声になってしまった。

高島ちさ子の活躍で、ダウン症の姉・未知子へのイジメは減っていったものの、母親・薫子が学校へ呼び出される回数は増えていくのだった。ダウン症の姉を支えた高島ちさ子へ続く。

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  • 投稿者-
  • 下釜 康子
  • -2013年2月5日

てっきり私は高嶋ファミリーの兄嫁だとばかり…それにしても障害者が身近に居ると大変ですよね実は私も生まれつき息子が染色体異常症やら弟は脳腫瘍から高次能障害また主人もうつ病なんですよ有り難うございました!