『この世でいちばん大事な「カネ」の話』のあらすじ

ドラマ『この世でいちばん大事な「カネ」の話』の原作となる漫画家・西原理恵子の自伝『この世でいちばん大事な「カネ」の話』のあらすじとネタバレです。

人は彼女のことをどう呼ぶかは知らないが、私は西原理恵子のことを「女版・阿佐田哲也」と呼んでいます。彼女は、数少なくなってきた無頼派の1人で、作風や生き様は、まるで女版・漫画版の阿佐田哲也のようでです。

ドラマの原作となる自伝『この世でいちばん大事な「カネ」の話』は、西原理恵子の半生とお金についての哲学を記した自伝です。今回は哲学部分を除いたあらずじとネタバレをしておきます。

西原理恵子は6歳まで高知県高知市浦戸というのどかな漁師町で育った。西原理恵子がまだ母親のお腹に居るころ、母親がアルコール依存症の父親と離婚し、母親が高知市浦戸にある実家へ戻ったからだ。

西原理恵子の実の父親は、西原理恵子が3歳のとき、ドブにはまって死んでしまったた。だから、実の父親のことは何も知らない。

やがて、母親は再婚した。西原理恵子は2人目の父親とともに生活することになった。引っ越した先は工業団地で、のどかな漁師町とは違い、町の家庭はどこも生活費のことで殺伐としていた。

2人目の父親は母親の貯金を元にタクシー会社を興して成功し、西原一家はそこそこ裕福な生活を送っていた。父親は1軒屋も建て、外車を乗り回していた。そして、西原理恵子は、父親の見栄で、お嬢様学校の私立土佐女子高等学校へ進学することになった。

高校3年の夏のことだった。スナックで酒を飲んだことが学校にバレてしまった。校則では3度の停学で退学処分されることになっていたが、西原理恵子は2度目の停学のはずなのに「自主退学」を言い渡された。

退学処分に納得の出来なかった西原理恵子は、2人目の父親のアドバイスを受けて、私立土佐女子高等学校を相手取り裁判を起こした。

一方で、世間体を気にする母親が、最終学歴が中卒になることを気にして、西原理恵子に大検を受けて大学へ進学することを勧めた。西原理恵子は1年間勉強をして、大検に合格した。

訴訟中に西原理恵子が大検に合格したため、退学か停学かを争うことに意味が無くなり、学校が和解金を支払うことで裁判は決着した。

『この世でいちばん大事な「カネ」の話』のあらすじ2へ続く。