不毛地帯のサルベスタン鉱区のあらすじ6

ドラマした山崎豊子の小説「不毛地帯」のサルベスタン鉱区のあらすじについて。このページはサルベスタン鉱区のあらずじ5の続きです。トップページは、サルベスタン鉱区のあらずじ1です。

近畿商事の兵頭信一良はテヘランへ戻ると、別荘でドクター・フォルジに会いました。ドクター・フォルジは室内でハシーシュ(大麻)を吸っていました。ドクター・フォルジが週に1度、別荘を訪れるのはハシーシュを吸うためでした。

兵頭信一良は、カプシ・コーラのシードル会長は国益に反するとしてニクソン大統領への取り次ぎはできないと解答したことを報告します。ドクター・フォルジはそのような解答ではダメだと言います。

しかし、兵頭信一良は、壹岐正がアメリカの要人に接触し、大統領決裁でアメリカ海軍仕様の戦闘機F14が購入出来るように奔走していることを説明し、ドクター・フォルジを説得することに成功しました。

そして、兵頭信一良はドクター・フォルジからコーラン(アル・クル・アーン)を受け取りました。

ドクター・フォルジはコーランのページを暗号にして、入札価格を教えると説明しました。コーランを使って暗号を使用するのは盗聴対策です。

入札当日、ドクター・フォルジが暗号を送ってきました。兵頭信一良がコーランを使って暗号を解読すると、サルベスタン地区の入札価格は予想していたよりも高い3780万ドルでした。

近畿商事の大門社長は予算の上乗せを渋りましたが、壹岐正は第4次中東戦争の兆候があり、第4次中東戦争が勃発すれば石油価格は高騰すると説得しました。

壹岐正はオリオンオイルと協議して、入札価格を3990万ドルに決定し、締め切り直前に入札しました。

翌日、近畿商事とオリオンオイルは、イラン石油公社の理事ドクター・キアに呼ばれて、近畿商事とオリオンオイルが1番札を取得したことを知らされました。
2番のデミネックス社とわずか40万ドルの差でした。日本石油開発公社グループは3番でした。

日本では、近畿商事がサルベスタン鉱区の入札で1番札を引いたことが大きく報じられました。今まで売国奴とバッシングしていたマスコミが、手のひらを返したように近畿商事を賞賛しました。

ある日、近畿商事の里井副社長が出社すると、大門一三社長に呼ばれます。そして、経営状態の良くない関連会社のタクボ工業の経営を立て直して欲しいと頼まれます。事実上の左遷でした。

里井副社長をタクボ工業へ左遷するのは、壹岐正が「何かにつけて反対する里井副社長が社内に居れば、今後の石油採掘に支障をきたす」と大門一三社長に進言したからでした。

そして、近畿商事ナンバー2だった里井副社長を廃し、壹岐正が副社長に昇進します。ついに、壹岐正は名実ともに近畿商事のナンバー2になりました。

近畿商事は、サルベスタン鉱区を落札したものの、井戸を3本掘っても石油は出ませんでした。

近畿商事・オリオンオイルは、4本目の井戸を掘り始めますが、逸泥(いつでい)が激しく、内部が崩壊してしまいます。挙げ句の果てに掘管を抜くことも出来なくなってしまい、4本目の井戸は廃坑処分になってしまいます。

井戸を1本掘るごとに15億円から20億円がかかるうえ、放棄義務まであと1ヶ月と迫っていました。

放棄義務とは、開発を開始してから3年が経過しても石油が発見できなかった場合は、鉱区の4分の1を放棄しなければならないというルールです。

壹岐正と兵頭信一良の2人は日本石油開発公社を訪れ、三代目総裁の山下総裁に4本目の井戸の失敗を報告するとともに、引き続き5本目の採掘への出資を要請しましたが、支援を打ち切られてしまいます。

日本石油開発公社から正式に支援を打ち切りを通告されたため、大門一三社長はサルベスタン鉱区からの撤退を決定します。日本石油開発公社の支援無しでは石油の採掘は無理でした。

ニクソンショックやオイルショックの影響で、近畿商事の収益は低下していました。近畿商事はこれまでにサルベスタン鉱区へ50億円を投じており、内部保留も激減していました。

壹岐正は大門社長に撤退の決定を保留するように求めます。

壹岐正はイラン政府から日本政府に圧力をかけるように頼むことにして、石油ロビイストの竹中完爾(たけなかかんじ)に田淵総理への口添えを頼みました。

竹中完爾は、田淵総理の孔雀御殿と呼ばれる自宅へ自由に出入りしており、田淵総理とは気心の知れた間柄でした。

壹岐正はイランへ飛び、イラン国王やドクター・フォルジらに謁見して、日本政府への圧力を要請し、返す刀で田淵総理の孔雀御殿を訪れ、1000万円の裏金を渡します。

壹岐正の裏工作は功を奏し、近畿商事はサルベスタン鉱区の開発を続けることになりました。

サルベスタン鉱区開発からの撤退決定を覆し、5本目の井戸の掘削にこぎ着けましたが、もはや後は無く、壹岐正は背水の陣で開杭式に臨みました。

開杭式を終えると、壹岐正の元に、朔風会の谷川大佐の訃報が届きました。壹岐正は急いで帰国して、谷川大佐の葬儀に参列しました。

谷川大佐は、慰霊碑のことで舞鶴へ行っていましたが、夏風邪をこじらせて肺炎を併発し、入院していました。

ある日、壹岐正は、メーンバンクの第三銀行の玉井頭取に呼ばれました。大門一三社長が綿花相場に巨額の資金を投じている事についての話でした。

大門一三社長は、綿花部長の伊原に命じて、ソ連綿を中心に現物と商品先物とを交えて、大きな相場を張っていました。

「相場の神様」と呼ばれた大門一三社長でしたが、逃げ足の速いオイルマネーの動きを読み切れず、46億円の含み損を抱えていたのでした。

ある日、サルベスタン鉱区の5号井戸から石油が出たという第1報が近畿商事へ届きました。それは経営会議で大門社長が綿花相場の損失につての弁明を重ねている時のことでした。

石油発見の一報に救われた大門社長は、壹岐正とともに田淵総理や日本石油開発公社や通産省などへ挨拶廻りをした後、記者会を開きました。

記者会見を終えて、社長室で至福の一服を吸っている大門社長に対して、壹岐正は「油田発掘の成功を花道にご勇退頂きたく存じます」と社長の座から退くことを提言します。

壹岐正の謀反に激怒した大門一三社長は社長の座を守るために画策します。タクボ工業に左遷した里井元副社長に次期社長の座を約束し、近畿商事へ呼び戻そうと試みます。

しかし、46億の損失を抱えた大門一三社長は形勢不利とみた里井元副社長は、大門一三社長の誘いを断ります。

46億円の含み損を抱えた大門一三社長に、もはや味方は居ませんでした。

壹岐正は社長室で、八方ふさがりになった大門社長に勇退の決断を迫ります。大門社長は社長から経営に影響力のある会長へ退くことを決めましたが、壹岐正は経営に影響力のない相談役まで退くことを求めます。

大門社長は、三顧の礼を尽くして招いた壹岐正に寝首を掻かれることに激怒して、罵詈雑言を浴びせます。

しかし、壹岐正が辞表を提出して、大門社長とともに近畿商事から去ることを告げると、大門社長も観念して相談役に退くことを決めるのでした。

近畿商事を退社した壹岐正は、秋津千里との結婚の約束を守らず、死亡した谷川大佐の意志を継ぎ、朔風会(モデルは朔北会)の会長を務めます。

そして、壹岐正は、シベリアの地で散っていた者たちの遺骨収集について交渉するためにシベリアへ旅立つのでした。

お疲れ様でした。あらすじが面白ければ、山崎豊子の小説「不毛地帯」を買って楽しんで下さい。当ブログでは、小説をより楽しむ為に不毛地帯のモデル一覧も紹介しています。

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